顧問料0円、完全スポット(単発)対応の社労士サービスはこちら

中小企業こそ実現できる人的資本経営に取り組もう。その意義と詳細について

神庭社労士
神庭社労士

「人的資本経営」とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

(参考:経済産業省「~人材の価値を最大限に引き出す~」

つまり、人材を「人件費」のようにコスト(削減すべきもの)と捉えるのではなく、投資することで投資以上のリターンを得ることを目指す「資本」と考えます。

「従業員は会社の大切な財産だ」とお考えの経営者は多く、人的資本経営の概念だけでは目新しさを感じないかもしれません。

しかし、大切な従業員の付加価値をどう高めていくのか、その先にある企業価値の向上に向けた具体的な手段を語れる経営者は決して多くはありません。

この記事ではこれらの観点で人的資本経営について整理して参ります。

目次 非表示

目次へ

はじめに

今、人的資本経営が注目されている理由として、以下2点が挙げられます。

(1)経済産業省が発表した「人材版伊東レポート」

2020年1月、経済産業省で「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が立ち上がりました。

【目的】

第四次産業革命などによる産業構造の急激な変化、少子高齢化や人生100年時代の到来、個人のキャリア観の変化など、企業を取り巻く環境は大きな変化を迎えており、その経営環境の変化に応じた人材戦略の構築を促し、中長期的な企業価値の向上させる観点から、人材戦略について経営陣、取締役、投資家がそれぞれ果たすべき役割、投資家との対話の在り方、関係者の行動変容を促す方策等を検討するため。

(引用:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会について )

その活動を経て発表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~ 」(通称:人材版伊藤レポート)は今後の人材戦略を展開するにあたっての道標であると評価されました。

2023年8月時点、伊藤レポートは2回に渡って公開されています。

企業の導入事例も積み重なってきており、今後も人的資本経営の取り組みを自社に取り入れる企業が増えていくことが見込まれています。

(参考)経済産業省:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会

(参考)経済産業省:「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~ 」※2020年09月

(参考)経済産業省:「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」※2022年05月

(2)人的資本に関する開示義務

2023年1月31日、金融庁が有価証券報告書及び有価証券届出書(以下「有価証券報告書等」)の記載事項の改正について、人的資本、多様性に関する開示を求めています。

(例)

・人材の多様性の確保を含む人材育成の方針

・社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容

・女性管理職比率

・男性の育児休業取得率

・男女間賃金格差

※令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用

(参考)金融庁:「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について

(参考)金融庁:「記述情報の開示の好事例集2022」「社会(人的資本、多様性 等)」の開示例

一方、アメリカでは2020年、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し、人的資本に関する情報開示を義務化しました。

(例:労働力の人口統計/離職率/従業員のトレーニング/従業員の健康/報酬/生産性/ワーク・ライフバランス)

今後、人的資本に関する情報開示への投資家の関心が高まってくることが容易に予想でき、日本においてもこの流れは避けられないと言えます。

人的資本経営の重要性はますます高まっています。

(参考)ISO 30414:2018 「ヒューマンリソースマネジメント-内部及び外部人的資本報告の指針」

「人的資本経営」という言葉が縁遠く感じてしまう原因は上記(2)であると考えられます。

スケールの大きさから、上場企業、大企業を対象にしていると勘違いされがちですが、私は中小企業こそ人的資本経営が重要であり、馴染みやすいものであると考えます。

「人材を採用することができない」

「従業員の離職率が高く、体制が安定しない」

「従業員のキャリアプラン形成やトレーニングのイメージを描けない」

等々、人材戦略で悩みをお持ちの企業であれば、以下の理由で人的資本経営に準じた戦略を検討することをひとつの案として推奨します。

中小企業に人的資本経営をオススメする理由

  1. 経営陣と人事、従業員の対話の場を設けやすい、コンセンサスを形成しやすい
  2. 特殊な技術や専門性が必須ではなく、実践しやすい
  3. 中小企業は大企業に比べて意思決定が早く、運用性が高い
  4. 取り組みを進めることで、従業員のエンゲージメント向上やカルチャー醸成に紐付けることができる
  5. 取り組みの取捨選択が容易。企業に合ったものを取り入れるスタイルでも効果を実感できる

今回は経済産業省が2022年5月に発表している「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」の内容に沿って、人的資本経営について整理をします。

人的資本経営を目的化するのではなく、自社の経営戦略及び人材戦略を実現するために、人的資本経営を「手法」としてご活用ください。

「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」(通称:人材版伊藤レポート)を整理する

人材版伊藤レポートは人的資本経営を進めるにあたっての具体的なアクションを示しています。

変化する環境にも柔軟に対応できる組織を作り、企業価値、人材価値を高めるため、以下の通り、変革の概念や、各当事者の取るべきアクション、大切にすべき視点や要素を紹介しています。

地に足をつけて活動するため、具体的な行動に移す前にこれらの観点を深く理解することは大変重要です。

(1)変革の方向性

(2)経営陣、取締役会、投資家の役割・アクション

(3)経営陣が主導して策定・実行する、経営戦略と連動した人材戦略について、3 つの視点(Perspectives)と5 つの共通要素(Common Factors)

上記(1)〜(3)を理解した上で、エグゼクティブサマリー(後述)で掲載されている、人的資本経営という変革を、具体化し、実践に移していくために有用となるアイデアをご覧いただき、自社で何を採用すべきかをご検討ください。

(1)変革の方向性

人的資本経営

(引用:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」)

これからも続くであろう変化が激しい時代には、これまでの成功体験に囚われることなく、企業も個人も、変化に柔軟に対応し、想定外のショックへの強靱性(レジリエンス)を高めていく変革力が求められます。

変革を実現するためには従業員の考え方、企業への参加の仕方や、企業の体制の変化が重要です。

中でも、経営陣が当事者となりイニシアチブを握ることが大切です。人事部門の従業員に求められる役割が大きく変化することも理解してもらう必要があります。

(人材戦略実現に向けた重要なプレイヤー)

なお、中小企業の場合、経営者と人事部門の距離が近い傾向にあるため、経営層の積極的な参画により体制を構築しやすいと言えます。

(2)経営陣、取締役会、投資家の役割・アクション

人的資本経営

(引用:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」)

人材戦略を高度化し、人的資本経営に向けた経営の変革をリードする経営陣、経営陣を監督・モニタリングする取締役会、経営陣と対話を行う投資家について、それぞれが果たす役割やアクションについて整理されています。

今回は一番重要であると考えられている経営陣のアクションに着目します。

新しい人材戦略(変革)を会社に導入する際、それらの方向性に対して従業員が腹落ちできるか…という、大きな障壁があります。


この課題を解決するためには、経営陣と人事部門が会社が実現したいこと、そして会社の存在意義(パーパス)をブレずにアナウンスし、従業員と対話を続けることから始まります。

(従業員との対話の場に第三者を交えることで非日常感を演出することも効果的です。)

(3)経営陣が主導して策定・実行する、経営戦略と連動した人材戦略について、3 つの視点(Perspectives)と5 つの共通要素(Common Factors)

人的資本経営

経営陣が主導して策定・実行する、経営戦略と連動した人材戦略について、3 つの視点(Perspectives)5 つの共通要素(Common Factors)が重要だと考えられています。

3つの視点

① 経営戦略と人材戦略との連動 

 人材戦略は独立したものではなく、経営戦略と連動していることが重要です。

「どのようなことを実現するために、どんな人材や組織、教育体制、就労環境が必要か」がつながらないと、経営陣、従業員ともに腹落ちして活動することが困難になるリスクがあります。

② As is – To beギャップの定量把握

目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握することが重要です。

 ※As is=現在の姿 To be=目指すべき姿

 常に現在地と目指すべき未来の差異を可視化できる状況(経営陣と従業員ともに)を構築できていることが望ましいです。ただし、未来図を描くことが困難なケースもあるかもしれません。その際は1年後等、近い未来から考えていくことを推奨します。

③ 企業文化への定着

 人材戦略が定着し、カルチャーとして醸成するまでには多くの時間を要する見込みです。

活動のプロセスで、組織や個人の行動が変革しているのか関心を持ち、変容を促し、スポットライトをあて、対話を繰り返す…という地道な作業の繰り返しが必要です。

前述した通り、経営陣がいかに積極的に発信や対話に参画するかが鍵であり、そこからマネージャーや従業員へと影響が広がっていくことが期待されます。

5つの共通要素

① 動的な人材ポートフォリオ

 ポートフォリオとは日本語で「書類入れ」と直訳できます。つまり、ポートフォリオは「データベース」に近い意味とご理解ください。

企業には状況に応じて日々変化していく人材データベースを設けることを推奨されています。「3つの視点」の「As is – To be ギャップの定量把握」でご紹介した通り、目指すべき姿と現在の姿を比較する上で、人材ポートフォリオによる可視化は大変重要な役割を担っています。

 なお、人材データの考え方に正解はなく、職務経験や所持資格、自己(他社)評価、スキルのレベル設定等、企業に合った方法で、かつスモールスタートで運営を開始することが望ましいです。

​​また、人材ポートフォリオを運営することを目的に「タレントマネジメントシステム」の導入を提案されるケースがあります。個人的には将来的な導入を視野に入れ、先ずは「As is – To be」の徹底検証に注力すべきだと考えます。

② 知・経験のD&I

D&Iは「Diversity」(多様性)、「Inclusion」(受容・包括)を表します。

企業で働く多様な人材が性別、国籍、年齢にかかわらず尊重され、個人の能力を発揮している環境を構築することで、生産性の向上やイノベーションの創出につなげることができると考えられています。

社内の啓蒙活動に限らず、実際に生じた問題を見送るのではなく向き合い続けることが求められます。採用活動を積極的に展開していく企業は特に意識すべき要素と言えます。

③ リスキル・学びなおし(デジタル・創造性等)

リスキル(リスキリング)は「従業員が従来業務以外の新しいスキル、技術を身に付けること」を指します。従来業務に新しいスキルを掛け合わせることで、新たな価値創造や生産性向上につなげることを目的にしています。

従業員が関心を持っている領域の学習はもちろん重要ですが、単なる従業員の資格取得や自己研鑽に至らぬよう、組織として不足しているスキル・専門性を特定し、従業員へ自分ごととして学習するよう促していくことも重要です。

④ 従業員エンゲージメント

多様な個人が主体的、意欲的に取り組めている組織づくりは簡単ではありません。

企業は従業員へ定期的にサーベイを実施し、エンゲージメント(組織に対する愛着心)のスコアを確認&課題解決の施策を講じることを推奨されています。

なお、サーベイの結果は従業員に可視化し、課題解決策を従業員一丸で検討しましょう。

従業員に当事者意識を持ってもらうため、プロセスから参画してもらい、組織づくりを進めていくことが望ましいです。

サーベイを自社で企画・運営することも可能ですが、従業員が正直に回答することを敬遠してしまうリスクが考えられる場合、外部の企業へ依頼することもご検討ください。

⑤ 時間や場所にとらわれない働き方

いつでも、どこでも、働くことができる環境を整えることは、事業継続の観点からも必要性が高まっています。

また、従業員自体も自身の取り巻く環境等を理由に多様な働き方を求めており、人材確保の観点からも重要視すべき要素です。働き方やマネジメントの在り方、業務プロセスの見直し等、組織としてどう対応できるか検討を続けることを推奨します。

これらの課題はデジタル技術と切っても切れない関係にあり、情報収集、サービス検証ができる従業員を配置することで選択肢が広がることが期待できるでしょう。

他方で、リアルワークの意義を再定義する声もあがっており、今後も働き方に対する多様な意見が集まることが見込まれます。

(4)エグゼクティブサマリー

人材版伊藤レポートでは、人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイデアも提示されています。

チェックリストのような活用方法で、自社に合った具体的な取り組みを検証することも有益であると考えます。

(参考)※詳細は人材版伊藤レポートをご参照ください。

① 経営戦略と人材戦略を連動させるための取組

  • CHRO(Chief Human Resource Officer)、最高人事責任者の設置
  • 全社的経営課題の抽出
  • KPIの設定、背景・理由の説明
  • 人事と事業の両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティ向上
  • サクセッションプランの具体的プログラム化
  • 指名委員会委員長への社外取締役の登用
  • 役員報酬への人材に関するKPIの反映

② 「As is – To be ギャップ」の定量把握のための取組

  • 人事情報基盤の整備
  • 動的な人材ポートフォリオ計画を踏まえた目標や達成までの期間の設定
  • 定量把握する項目の一覧化

③ 企業文化への定着のための取組

  • 企業理念、企業の存在意義、企業文化の定義
  • 社員の具体的な行動や姿勢への紐付け
  • CEO・CHROと社員の対話の場の設定

④ 動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用

  • 将来の事業構想を踏まえた中期的な人材ポートフォリオのギャップ分析
  • ギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得
  • 学生の採用・選考戦略の開示
  • 博士人材等の専門人材の積極的な採用

⑤ 知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組

  • キャリア採用や外国人の比率・定着・能力発揮のモニタリング
  • 課長やマネージャーによるマネジメント方針の共有

⑥ リスキル・学び直しのための取組

  • 組織として不足しているスキル・専門性の特定
  • 社内外からのキーパーソンの登用、当該キーパーソンによる社内でのスキル伝播
  • リスキルと処遇や報酬の連動
  • 社外での学習機会の戦略的提供(サバティカル休暇、留学等)
  • 社内起業・出向起業等の支援

⑦ 社員エンゲージメントを高めるための取組

  • 社員のエンゲージメントレベルの把握
  • エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント
  • 社内のできるだけ広いポジションの公募制化
  • 副業・兼業等の多様な働き方の推進
  • 健康経営への投資と Well-being の視点の取り込み

⑧ 時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組

  • リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化の推進
  • リアルワークの意義の再定義と、リモートワークとの組み合わせ

人的資本経営を自社で推進する

人的資本経営はスケールが大きい取り組みである…という印象を持った方もいるかもしれません。

しかし、前述の通り、全てを網羅する必要はありません。企業が重要視している区分に対して、スモールスタートすることが大切であると考えます。

(繰り返し申し上げますが、人的資本は「目的」ではなく、あくまでも企業の目標実現のための「手段」です。)

なお、全社が優先して進めるべきことは、経営陣、従業員が【3つの視点】(①経営戦略と人材戦略との連動 ②As is – To beギャップの定量把握 ③企業文化への定着)を得ることに注力することです。

経営陣と人事部門が一丸となること▶︎マネージャー層の理解▶︎従業員への展開 と、カルチャー変革が広がっていくことを目指しましょう。

自社内だけで推進することが困難だと判断した場合、人事コンサルティング会社や社会保険労務士に協力依頼することも一考です。

外部の介入があることで、「人材戦略立案に対する広い視野の獲得」「会社が人材戦略に本気で取り組む姿勢を従業員に伝える」といった効果が期待できます。 

先ずは、自社の人材戦略に対して何が課題なのか、なぜ人材戦略を再検討したいのか、なぜ変わりたい・変えたいのか、徹底的に議論することから始めてください。

人的資本経営は経営陣と従業員が経営戦略を理解し、その実現に向けて人事戦略を全員で実現することです。

人材版伊藤レポートは人的資本経営を実現する道標です。

みなさまの企業価値、所属している従業員の人材価値が向上し続けることを、心から願っています。

この記事を書いた人

神庭社会保険労務士事務所代表

神庭 豊

カンバ ユタカ

https://home.sr-kamba.jp

2023年3月に神庭社会保険労務士事務所を開業。「夜にあいてる社労士事務所」をテーマに、企業内の人事労務支援を行う「ユア人事」と、WEB対応を条件とした安価な報酬設定の「障害年金申請支援」の2つのサービスを提供しています。 趣味はジョギングやコンビニスイーツ、沖縄旅行(離島好き)。 特技は資料作成とセミナー講師。